〔山町について〕

御車山は10の「山町」が保有し、代々受け継いできました。この「山町」は前田利長公が高岡に築城した当時、城の周囲に配置された武家屋敷から西に一段下がって町割りされた地区にあり、富山・守山・木舟の旧城下や、前田家ゆかりの美濃・近江・越前から移住してきた町民が居を構えたのが始まりです。

高岡城は元和の一国一城令によって廃城となり、家臣は金沢へ引き上げましたが、三代藩主・前田利常公は高岡の産業振興に力を注ぎ、加賀藩では金沢に次ぐ商工業都市として発展しました。「山町」の町民たちはその経済発展を担うとともに、華麗な御車山を伝承し、誇りにしてきたのです。

「山町」の内、通町・御馬出町・守山町・木舟町・小馬出町・二番町は1町で1基の山車(やま)を保有し、一番町・三番町・源平町の3町は「一番街通」の山車を共有しています。また坂下町は山車ではなく、御車山を先導する獅子頭・源太夫(げんだい)獅子を保有しています。